■甲源一刀流剣術(こうげんいっとうりゅうけんじゅつ)


祖先は源義家の弟、新羅三郎義光で、代々甲斐の国に住んだが、逸見、武田両氏が互いに争ったため、十代若狭守朝高は一族郎党とともに秩父郡両神村小沢口に移り住み、耀武館道場を建て、剣の技を磨いた。第十九代逸見太四郎義年に至り、甲斐源氏の出であることから甲源一刀流と名乗り、剣術師範となった。武州小沢口に甲源一刀流ありという当時の世人の声は全国に高く、門人3千余人に及んだ。当流の名は、中里介山の小説『大菩薩峠』の第一巻「甲源一刀流の巻」によって剣術に関心のある人以外にも広まった。現在、逸見耀武館は埼玉県文化財の指定を受けている。宗家第九世は逸見知夫治、第十世は逸見義清、当道場の師範柴田孝一は宗家代理として当流の伝承にあたっている。